磁場浮遊

今日は、びん博士が参加するイベントに搬入する日。
存在するのかしないのか、まったく曖昧なボトル倶楽部の管理人であるわたしは、そのイベントのWEBでの告知を依頼されました。



ボトルシアターのWEBサイトTOPページに、イベント情報を掲載しました。びん博士からのコメントはびん博士の部屋から続くブログへ代行投稿しておきました。

  >>ボトルシアター 
  >>びん博士の精神界通信


このところ、きらら葉でも小さなモノや限られた空間をずっと話題にしていて、昨日も箱庭計画について表のブログにも書いたばかりなのですが、ここで、『空間の詩学』に再開するとは、もはや運命!

今回、この裏(プライベート)ブログのタイトルにした「磁場浮遊」は、若い頃、『空間の詩学』に書かれている哲学的言葉の断片がお気に入りだった頃に、使っていた私的単語です。最初は友人のカメラマンが、
「人にはそれぞれ落ち着く空間があって、それはその人が発する磁気によってあるべきものがあるべきところに落ち着いている。ところが、偶然、友人の家などで自分の部屋にあるものと同じものに出会うと、不思議な浮遊感を覚える」
なんていうところから、いろいろな人とその部屋を10年周期で撮影し始めたことがきっかけです。

わたしの中の「磁場浮遊」は彼とはまた違った意味に成長していて、前号のきらら葉にも書いたのですが、「なぜか居心地が悪い」「なぜか落ち着く」という空間があるよねって話。前号のきらら葉では地震の後、期せずして部屋の模様替えをしてしまったら、どうしても落ち着かない……。たとえばライティングビューローがどうしても浮いている……すべての家具、小物を、それが落ち着く場所に収めていって、ようやく、落ち着く空間になった、、、、、というようなことを書いたのですが、この「空間の磁場浮遊の定義」は空間を構成する小物などにもすべて当てはまるのです。

なんだか、酒を呑みながら話しているような内容になってきてしまいましたが。

話を戻して『空間の詩学』は現在の自分、つまりきらら舎やカフェの血や肉であるかもしれないのです。
ミニチュアや箱庭や屋根裏や箱や抽斗や……それらはもちろんのこと。マーブルが好きなのも、鉱物が好きなのも、それを空に翳してみたとき、その限られた空間の中に自分の意識が入り込んで、たとえば、月明かりの差し込むプールに潜ったような、押入れに作った秘密基地に引きこもっているようなそんな幸せな気持ちがするからです。

恐らく、びん博士も、空っぽのガラス壜の中に広大な宇宙を感じているといった『空間の詩学』的意識を持っているのだと思います。

イベントへは20日にレポートをかねて行く予定。
天氣後報に投稿します
私的感想や限られた空間への詩的哲学および螺旋階段ラブはこちらに記録予定です。



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